ビールとテレビとデパートと。

若者の◯◯離れに逆行する、マスコミ勤務の30代サラリーマンによるブログ。ビール、コンテンツ、メディア、コミュニティ、競馬、マラソン、家族とかについて書く予定

日本一のホスピタリティを持つ笑わない店主がいる「南千住の居酒屋O」

今週のお題「私の日本一」

はじめて、「今週のお題」にチャレンジしてみたいと思います。

南千住にある居酒屋Oは、日本一笑わない店主のいる居酒屋です。

ただ、それだけではありません。この店主が持つ、ホスピタリティ、

これもまた日本一だと思うのです。

 

日本一笑わないのに、日本一のホスピタリティーというと、

矛盾とも取れる表現になっちゃうんですが、これはそのまんま当てはまるんです。

 

日本一の笑わなさ

この店主、とにかく笑わないんです。年は70歳くらい(に見える)、声は低め。

正直、注文をすると、こちらの背筋が伸びる感じで、ほとんど笑ったところを

見たことはなく、ぶっきらぼうといえばぶっきらぼうに見えちゃいます。

 

なのに、日本一のホスピタリティー

笑わないのに、日本一のホスピタリティーを持っている、それがこの店です。

具体的には、酔っぱらっている客は入店拒否、携帯電話の音はマナーモード&

通話は必ず店の外で。見ていると面白いくらいに、これを守らない客には

徹底した態度を見せます。この迫力、すごいです。。。

私にはこれが素晴らしいサービスに思えます。というのも、

サービスとは全ての客に一方的に寄り添うことでは無いと思うからです。

そもそもお店というのは、店主が理想とする店があることが前提で、

それを良しとするお客さんがいるというのが最初の形のはずです。

その点、酔っぱらって人に迷惑をかけるような飲み方はNG、

お店の中では静かに酒を飲むとう店のコンセプトを、

良しとして来ているお客さんがいるわけです。

そのお客さんにとっては、酔っぱらって入店したり、携帯で話す客は

当然、迷惑な存在であって、それを徹底して排除しようというのは、

店主として、お客さんに対する最高のサービスだと思うのです。

 

居酒屋でムヒをもらうミラクル

理解してくれる客には、この店主、誰よりもサービス精神旺盛で、

私の妻が蚊にさされたことを確認するやいなや、

すぐにムヒを無言で持ってきてくれました。

居酒屋のサービスでムヒ、そんなこと絶対ないでしょう。

これこそ痒いところにまで手が届く上質のサービスではないでしょうか?

 

 

日本一のホスピタリティーを持つ&笑わない店主のいる、

居酒屋が南千住にあるんです!

中の人が気が付きにくい「マスメディア」の価値

いいたいことのまとめ

①マスメディア企業は、コンテンツの「制作」が強みであることは明白だけど、

ある意味、当たり前と思われているコンテンツの「流通」に

それを上回るほどの価値があるのではないか、ということ。

②マスメディア企業は、質の高いコンテンツを制作すること以外にも、

コンテンツの「流通」をもう一度整備し、ユーザーファーストを

実現するべきではないか、ということ。

 

マスメディア企業の役割

マスメディア企業の役割には、「コンテンツ制作」と「コンテンツ流通」の

2つがあるのではないかと私は思っています。

 

新聞社、出版社、テレビ局、ラジオ局などの

マスメディア企業はどこもコンテンツの「制作」こそが

自分たちの強みであり、それは普遍なものなのだから

とにかくこれを磨くのだ、とする考え方があります。

これは全くもって正しいです。為になる新聞記事、感動する漫画、

面白いドラマ、これらが無ければ当然、商売になりません。

 

ただ、マスメディア企業にとってコンテンツの「制作」を上回るほどの価値の

源泉となっているのは、コンテンツの「流通」ではないでしょうか?

新聞であれば、毎日家に届くこと、キヨスクで売っていることになりますし、

本であれば、本屋さんに置かれることでしょうし、

テレビであれば、地上波ということになります。

この「コンテンツを人々に届ける流通網」、地味ではありますが、

これこそがマスメディア企業の価値の源泉です。

これらの流通網がなければ、どんなに良いコンテンツを制作しても、

人々の目に触れることはありませんし、同時に広告媒体としての価値も存在しません。

 

当たり前だった「強いコンテンツ流通網」

マスメディア企業の中では、この流通網のありがたさに意外と気が付きません。

なぜなら、長い間そこにある、当たり前のものだからです。

テレビの地上波なんかは非常に良い例です。

全国津々浦々に同時に100万、1000万単位で届けることが

出来るもの凄い流通網が既にあるわけです。

(いくらニコ動やユーストにユーザーが集まったとしても、

同時に見ることが出来ているのはせいぜい10万単位でしょう。)

誰も勝てない最強の流通網があるから、そんなことを考えず、

良い番組作りに励むことが出来るのではないでしょうか。

 

インターネットという新しいコンテンツ流通網

インターネットの登場によって大きく変わったことは何か?ということを

議論する際、必ず出るのが「個人が自由に発信できるようになったことだ」

ということです。

これはつまり、「個人が自由に発信できる流通網が出来た」ということと

同義ではないかと思います。

確かにインターネットの登場&技術革新で、

文章制作、動画制作等の「制作」を誰でも出来るようになったことも事実ですが、

やはりそれを届ける流通網が無ければ誰の目にも触れることはないのです。

 

マスメディア企業が目指すべきなのは、

ユーザーファーストを目指したコンテンツ流通網の再整備

人々がそれぞれ異なるタイムラインで生活している以上、

マスメディアも新聞・雑誌は紙で買わないと読めない、

テレビ・ラジオはテレビ・ラジオ端末の前でないと見ることが出来ない、

というのでは、もはやどんなに良いコンテンツを制作しても、

将来的に今より多くの人に届けることが出来なくなってくるでしょう。

誤解を恐れずにいえば、もはや、

「クオリティの高いコンテンツを作るだけ」ではダメなのではないでしょうか。

ユーザーファーストの見地に立って、コンテンツの流通網をもう一度見直す、

これがマスメディア企業に求められているのではないか、と本気で思います。

 

コンテンツ流通網の再整備が進む「新聞」と「ラジオ」

そんなマスメディア企業の中でも、「新聞」の電子化、

radiko」の登場によって「新聞」と「ラジオ」は

コンテンツ流通網が変化してきているように感じています。

どちらも、どうすれば多くのユーザーに届けることが出来るかを

最大限に考えた形のような気がしています。

 

コンテンツ流通網の再整備により、これまでより稼げなくなる!?

流通網の整備というのは、ビジネスの根幹を変えることに直結します。

テレビ局でいば、地上波だけでなく、番組のネット配信、

録画視聴など、番組流通網が地上波以外に整備されることで、

地上波リアルタイム視聴率のみで商売していたこれまでよりは、

稼ぎが少なくなることが考えられるのではないかと思います。

 

終わりに

マスメディア企業が、コンテンツ流通網の再整備を進めるということは、

イコール、GoogleApple、AmazonなどのIT 企業や、

NTTやSoftBankなどの通信会社との競争、連携が不可避となってくるということです。

完全に個人的な見解ですが、マスメディア企業が、

この流通レイヤーに手を出さないということは、

将来的に記事執筆、番組制作などだけ行い、

それを他社に売るだけの「単純な制作会社」になることを意味すると思います。

そうなれば今よりはきっと稼げなくなるでしょう。

それでも質の高いコンテンツを作りたいのだ、という考え方を否定はしませんが、

稼げなくなる前に、コンテンツ流通レイヤーにチャレンジする意味はあるはずです。

「グルメ漫画」が、我が家の本棚界の一軍であり続ける3つのわけ

本棚界の一軍


本棚 / sekido

 

うちの本棚界はとにかく競争が激しい!
というのもスペースに限界があるので、
一定期間が過ぎると、本があふれる⇒ブックオフへ売却を繰り返します。
(基本、妻がその売却漫画を選定しています)
 
特に妻が漫画&本好きということもあり、三ヶ月に一度は本棚はパツパツとなり、
ふるいにかけられます。ハチクロや、もやしもんなどの人気漫画であっても容赦はなく、
うまくいかないタイミングであれば、即二軍行き(ブックオフ行き)です。
 
ただ、なぜだか「グルメ漫画」ジャンルだけは、いつも売られない、
一軍のレギュラーメンバーです。その様はまさに、近年は見る影もありませんが、
黄金時代の横浜ベイスターズの石井啄朗のような存在なのです。
(分かりにくいですかね。。。)
 
具体的には、「深夜食堂」「孤独のグルメ」「きのう何食べた?
花のズボラ飯」「お取り寄せ王子飯田好実」などがそれに当たります。
 
そんな「グルメ漫画」が常に一軍でいられる理由はズバリ3つあります。
 

①何度読んでも、美味しそう!

これはスゴいことです。サスペンスであれば、一度読んだら結果が分かります。
だから何度も読んだりはしません。ただ「グルメ漫画」の絵柄はとにかく
美味しそう!これに勝るものなしなんです。
繰り返し読む本の王道は「グルメ漫画」!
 

②生きていくには何かを食べなければならないのだ!

これは「食べる」ということに対する普遍的価値にほかなりません。
どこのだれがどんなときでも、生きている限り「食べる行為」
から逃げることはできません。
そう、究極に身近な題材なのです。
 

③最近の「グルメ漫画」は自分でも出来そう!

以前のグルメ漫画は「美味しんぼ」に代表されるような、
高級グルメのうんちくが分かる作りのものが多かったように思いますが、
最近は上記例のように、B級グルメや自炊ものが多くを占めます。
そうなると、明日私でも出来るかも!と自分ごとになりやすく、
次のページにスムーズに移っていけます。
 

終わりに

この家に小説やビジネス書はないのか?
そんなことなら電子書籍でいいじゃないか?という批判は甘んじて受けましょう。
小説やビジネス書は電子書籍で読んでるんです。
リラックスして読むのが漫画だから、風呂の中で読みたい、
シワシワになるまで、何度も何度も読みたい。
だから電子書籍ではなく「実際の本」かつ「グルメ漫画」が、
我が家の本棚界の一軍であり続けられるのです!と妻が申しております。

広がり続ける「ムダ情報の海」から抜け出すにはどうすればいいの?

どんどん広がるムダな情報の海

現代社会には、とにかく情報が多すぎる。

これは誰しもが感じていることではないでしょうか?

その理由などは、以下の記事にあるようなことが挙げられるのでしょう。

あなたは毎日ムダな情報とばかり出合っている? ソーシャル化する社会が世界を大きく変え始めた(38)

 

情報が溢れる世の中では、自分に必要な情報かそうでないものなのかを

見極めることが重要になることはいうまでもないことです。

最近、Gunosyやvingowなど、これまでの履歴から、

その人にあった情報をピックアップして表示してくれるキュレーションアプリが

流行したり、グリーやLINEなどの企業もニュースアプリに参入したりと

話題には事欠きません。

実際に私もムダな情報になるべく出会いたくないので、

これらを駆使して、毎日情報をチェックしていますが、

ムダ情報の広がりはとどまることをしりません。

 

結局、新聞って面白いじゃん〜ムダな情報に学ぶこと〜

キュレーションニュースアプリを駆使している私ですが、

最近は「結局のところ、新聞が面白いんじゃないか」ということを

感じ始めています。

それは、カスタマイズされたニュースは自分に興味のある分野の

情報のみが流れてくることで、一定の満足はあるものの、

あまりにも情報がコアになってくることで、驚きや新しい発見が

ほとんどないことに気がついてきました。

また、そのコアな情報が社会の中ではどんなポジショニングなのか?が

わからないことも社会人としては厳しい部分なのではないでしょうか?

 

その点、新聞は面白いんです。自分の必要としていない情報だとしても、

驚きや新しい発見があります(こういうの、セレンディピティというのですね)。

一見、関係ないかもしれないけど、

自分の仕事の分野に応用できそうとか、この情報は、社会からこう見られているんだ

とか、そういったことが分かってきます。

ただ、自分の必要な情報ばかりが欲しい場合、キュレーションニュースアプリに

比べて非常に効率は悪くはなります。

これはテレビやラジオを含めた、マスメディア全体の特徴ではないかと

個人的には考えています。

 

「効率」も「発見」も得られるサービスが求められている(私に)

これまでのことをまとめると、以下の表になります。

f:id:toriaezubeer:20130818135026j:plain

①欲しい情報を取得するのに、効率良い、悪い、②新しい発見がある、ない

この2軸で考えると、上記の表になります。

「非効率」×「発見なし」=必要なし

「非効率」×「発見あり」=テレビ、新聞等。SNSもここに入る。要するに玉石混合。

「効率的」×「発見なし」=パーソナルニュースアプリなど。

「効率的」×「発見あり」=今のところ、思い浮かばないけど、これが欲しい!

 

効率的に欲しい情報が得られて、かつテレビ新聞のような考えもつかなかった

新しい発見も得られる、この両方をカバーできているサービスって

今のところないような気がします。

個人的にはこれが一番欲しいし、今後のトレンドになりうるのではないかと

思っています。

実際に音楽業界では、これが起き始めています。

アメリカの聴き放題インターネットラジオ「PANDORA」は、

聴く人の好みの音楽をパーソナライズして流してくれることはもちろん、

新しい発見、感動(セレンディピティ)を強く意識し、

100人以上のプロミュージシャンが作りあげたレコメンデーションエンジンを

活用しているそうです。

 

効率的な情報取得×新しい発見(セレンディピティ)の流れは、

音楽だけでなく、文章、音声、動画など様々な業界に影響を及ぼしていく

気がしています。何せ、私が一番それを欲していますから!

アートとクリエイトの違い〜マスメディアの強みってどっちなんだろう?

今日は昔から気になっているアートとクリエイトの違いについて、考えたいと思います。

個人的結論としては、アートは0を1にすること、クリエイトは1を100にすること、

ではないかと思っています。

 

アートとクリエイトの違いって?

アーティストとクリエイターの違いと同義だとは思うんですが、

上記の通り、アーティスト(芸術家)は何も無いところから、何かを生み出す仕事、

クリエイターは何かあるものを社会に広く浸透させる仕事ではないかと思っています。

イメージ的にはアーティストはその道40年のガラス職人、

クリエイターはそのガラスをどんな形で社会に提供するかを考える人

というところでしょうか。

もっといえば、アーティストは吉田松陰、クリエイターは伊藤博文といった

ところでしょうか。こりゃ分かりにくいか。。。

とにかく、0を1にするのがアート、1を100にするのがクリエイトだとすると、

マスメディアが持つ強みってどっちなんでしょう?

 

マスメディアは1を100にすることの方が得意なんじゃないか

新聞、テレビ、ラジオ、雑誌含め、マスメディアのコンテンツ制作は、

ある意味で0を1にする職人気質だと思われている部分が多いのではないかと思います。

新聞であれば、取材をして記事にすることやテレビであれば、

消費者が楽しいと思う、必要だと思う動画コンテンツを提供することは

確かに0を1にすることのように思えます。

 

ただ、個人的には報道取材にしてもバラエティ制作にしても、

何かの事象がありきで、それをどう人々に見せていくのか?

ということが非常に大事なのではと思います。

とすると、マスメディアは0を1にするよりも、

1を100にする方が得意ではないかという仮説が立てられます。

具体的にテレビで考えれば、ヒットドラマの「半沢直樹」は原作ものだったり、

これまでフジテレビとTBSで放送された「人狼ゲーム」や

今週水曜に放送された「リアル脱出ゲームTV」は、

元々あるゲームやイベントを地上波動画コンテンツに昇華させたものと考えられます。

 

マスメディアは「学校の先生」じゃなくて「クラスの人気者」になるべき

1を100にすることが強みだとすれば、

マスメディアは常に上から新しい何かを社会に降らせるのではなく、

社会のある側面を消費者に分かりやすく説明することが価値だということになります。

これをシンプルにすると、学校でいえば「先生」ではなく、

「クラスの人気者」であるべきじゃないかと思うのです。

クラスの中の小さいグループが面白いと話していることを、

クラス全体の面白いことに発展させる「クラスの人気者」であることが、

マスメディアの本質的な価値なのではないでしょうか?

 

今日は、アートとクリエイト、アーティストとクリエイターの違いから、

マスメディアの本質的価値、あるべき姿についての持論を展開してみました。

 

それじゃあ、おやすみなさい。

企業と生活者の共創に参加してみよう!

共創って?

最近、小さなコミュニティと企業がタッグを組んで、プロダクトを作るという

企業と生活者の共創の事例がいくつか見られます。

特にビール業界での動きが多いような気がしています。

※ビールが好きなだけだから、目につくのか!?

 

具体的にはFacebookページを中心に会議を行い、

みんなのビールを作るサッポロビールの「百人ビールラボ」や、

トライバルメディアハウスの運営する「キリンビール カンパイ会議」などが

それに当たります。

 

これはソーシャルメディアの発展によって、

企業とそのコアなファンがコミュニケーションが取れるようになったことで、

こうした動きが生まれているのでしょう。

 

「共創」は楽しく企業と生活者を繋ぐ新しいファン製造装置になる?

共創のこれまでにない価値って、「商品を発売する前からファンになってもらう」、

という点だろうと思います。

これまでの企業は新しい商品やサービスをリリースした時点では

だれもその存在を知らない。だから広告宣伝をして、

商品を知ってもらおうとしていたはずです。

これが共創することにより、リリース前から好きになってもらうことが

出来るようになります。これは企業と生活者(消費者)との関係を

大きく変える要素ではないかと個人的に注目しています。

流行のクラウドファンディングとかもこの分野に入るのかも。

 

もちろん、企業側は相当の配慮が無い限り、

生活者を引きつけることは出来ないとは思うけど、

うまくいけば、生活者にとっても楽しいアクションになる可能性はあるし、

個人的にビールの例では非常に楽しませてもらっていることも事実。

 

皆さんも是非、企業との共創に参加して、

商品・サービス発売前から「愛」を持って接してみてはどうでしょうか!?

ZARD「負けないで」が2014年卒の就活テーマ曲No.1になっちゃう謎

2013年の今、1993年の「負けないで」が第1位。

2014年卒の就活テーマ曲第1位がZARD「負けないで」だったことはかなりの謎でした。

 *1

 

ZARD「負けないで」といえば、1993年に発表された言わずと知れた曲だけど、

それが20年もの時を経て今でも就活応援ソングの1位に輝くとはスゴい。。。

スゴいのか!?

もちろん、楽曲自体はスゴい!どんな時代にも響く名曲なのでしょう。

ただ、それよりも20年もこれを上回る曲が出ていないことが謎だよね。

ちなみにその他の結果を見ると、上位10位には、

Mr.Children「終わりなき旅」、中島みゆき「ファイト!」、

B’zultra soul」、ウルフルズ「ガッツだぜ!!」など、

10年以上前の曲が多く並んでます。

 

なんで最近の曲がバシバシとランクインしないの?

サンプルの問題とか、CDが売れなくなったとか色々理由はありそうだけど、

「音楽を聴く」という需要が無くなっていくことはないのに、

2013年の今、なぜここまでランキングが古い曲によっているんだろう?

 

勝手に考えを書くと、以下が仮説の1つではないかと思います。

「社会や音楽供給システムの変化が“みんなが知ってる曲”を減らしたからではないか?」

 

終身雇用が崩れ、社会には「一億層中流」の意識が薄れて、

個人の価値観も多様化してきました。

音楽もCDからインターネットへ流通経路が変化し、

アルバムという10曲程度のパッケージから、

1曲当たりいくらというシステムへ移行していってる。

その結果、価値があるのは「みんなが好きな歌」じゃなくて、

「自分が好きな歌」もしくは「自分&コアなファンたちが好きな歌」に

変化してしている気がしている。

そうなると当然、“みんなが知ってる曲”の数が増えるはずもないし、

テレビのゴールデンタイムの音楽番組も10年前から比べて明らかに少なくなっている。

これが2013年の今、就活ソングとして

新しい曲がバシバシとランクインしてこない理由の1つなのではないかなあ、

とアンケート結果を見ながら思いました。

 

だから何なの?何かまずいことでもあるの?

ここまで書きましたが、だからってまずいことなんてないんじゃないでしょうか?

これまでCD売り上げが儲けのほとんどを占めてた会社はきついとかは

あるかもしれませんが。

2014年卒の就活ソングが新しい曲であってほしいわけではないですし、

音楽業界にはもっと頑張ってほしいとか、そんなことがいいたいんじゃないんです。

 

ここ数年、社会の色々な部分がパーソナライズの方向に流れているのを見るので、

そんな時こそ、その先にある「みんなで作る夢」みたいなものがあったらいいなあと

個人的には思います(もちろん、これまでと同じ形では難しいのでしょうが)。

プロフィールにも書きましたが、

「若者の◯◯離れ」から離れていない

レガシーな私の初めてのブログ記事でした。

 

こんな感じでいいのか謎。

*1:株式会社マイナビ(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:中川信行)は、2014年卒業予定の学生を対象とした「2014年卒マイナビ学生就職モニター調査 7月の活動状況」よりhttp://saponet.mynavi.jp/enq_gakusei/monitor/data/monitor_2014_8.pdf